天橋立と元伊勢、歴史が古すぎて記録がほぼない状態の地に詣る

どちら側にもあるリフトからの眺めは絶景 一宮
南北どちら側にもあるリフトからの眺めは絶景
天橋立の中の道

天橋立の中の道

令和8年、新年明けましておめでとうございます。
新しい記事をあまり上げなくなって久しいですが、お参りは全国各地に飛び回っております。
令和7(2025)年は、伊勢神宮の遷宮始まりの年でした。「遷御(せんぎょ)の儀」は20年に一度ですが、それに向けて6年前からいろいろな準備がなされています。新しいお宮に使われる木材の切り出しから、運搬、建築などを定められた日程と儀式で執り行っていきます。長い期間に渡り少しずつ進めていったのは、やはり費用の問題も大きいように思います。地元の人々や寄進で集められる金品には限りがあるでしょうし、朝廷が1年で担えるものも多くはなかったでしょうから。

奈良の大神神社

奈良の大神神社

関西圏に広がる元伊勢群

そういう訳(どういう?)で、私は年の瀬に、神宮とも関わりのある元伊勢と呼ばれる神社へ行ってまいりました。
天照大御神は長く天皇の住まいに祀られていましたが、10代・崇神天皇の時代に別の地へお宮を作るべきだと考え、皇女に場所を求めさせました。この時は帝の近く大和国のいずれかの場所に祀られていましたが、次代天皇・垂仁天皇の皇女・倭姫が再びよりよい地を求めて、各地を旅します。伊勢の地に定まるまで約90年もかかったと日本書紀に記されています。
このため、元伊勢とされるお宮は、実は関西一帯に20〜60社以上(時代とともに増えています)もあり、有名どころでは大神神社飛鳥坐神社長谷寺(いずれも奈良県)、日前神宮・國懸神宮(和歌山県)、真清田神社摂社(愛知県)なども名前が上がっています。

丹後一宮・籠神社

丹後一宮・籠神社

京都と言っても東京からは遠い〜

そのうちの私が訪ねたのは、倭姫によってアマテラスが4年祀られたとされる丹後国(現在の京都府日本海側)に行ってきました。丹波&丹後国に元伊勢と考えられているお宮は4社ほどあり、今、現存している社は竹野神社(京丹後市)、籠(この)神社(宮津市)、皇大神社(福知山市)の3社となります。
できれば3社全部を巡りたかったのですが、何せ東京からは、京都駅経由特急電車に乗る方法以外の交通路がなく、時間と私の趣味の関係から、「丹後一宮・籠神社」一択となりました!

籠神社の絵馬にも龍が!

籠神社の絵馬にも龍が!

籠神社の歴史は神の伝説から

籠神社の主祭神・彦火明命(ひこほあかりのみこと/別名・彦火火出見命)は、ニニギノミコト(アマテラスの孫)の子で、山幸彦という名でも知られています。初代天皇・神武天皇の祖父にあたる神さまです。兄・海幸彦の釣り針を、竹で編んだ籠船に乗り海神の宮(龍宮)に探しに行ったという逸話から、籠宮(このみや)と呼ばれたといいます。また、奥宮に豊受大神(伊勢神宮・外宮の神さま)を匏宮(よさのみや)として祀っていました。豊受大神がこの地に最初に降り立ったという伝説もあるようです。その縁で、倭姫が倭国・笠縫邑(かさぬいむら/最初にアマテラスが祀られた場所)から移り、吉佐宮という名でこの地に祀られたといわれています。

雨が一瞬上がって虹も出現(傘松公園より)

雨が一瞬上がって虹も出現(傘松公園より)

日本三景のひとつ・天橋立

さて、この場所、天女伝説のある「天橋立」の袂なのです。私の訪ねた日は、雨が降りあまりよい天気ではなかったのですが、天橋立全部が望める傘松公園を訪れた際には、雨もあがり虹も見られるありがたい日ともなりました。
天橋立には、天女が舞い降りたという逸話以外にも、イザナミに会うために天と地にかけた「はしご」が昼寝の最中に倒れて天橋立になった、や、千年かけて文殊菩薩が改心させた龍が残した土が天橋立に、などいくつもの逸話が伝わっています。

「智恵の輪灯籠」右手に見える橋が廻旋橋

「智恵の輪灯籠」右手に見える橋が廻旋橋

文殊さまが龍を諭し人の住める土地にした

天橋立の南側、籠神社と反対側には智恩寺・文殊堂があります。悪龍を千年かけて説得した文殊さまが祀られているお寺ですが、海べりに「智恵の輪灯籠」があり、この灯籠に火を灯し龍を呼び寄せたとされています。江戸時代頃には、天橋立はこれほど南側につながっていなかったらしく、船の行き来に標として水道を照らしていたそうです。この形は、天橋立のモチーフにもなっています

「飛龍観」の天橋立

「飛龍観」の天橋立

南側から見る天橋立は「飛龍観」と呼ばれていて、たしかに龍の瀬のように見える砂浜が外海側につづいています。見ているとかなりの波が打ち寄せているのがわかります。外側といえども、ここも湾ではあるのですが。
風光明媚な天橋立ですが、この砂洲に囲まれた西側の海は、阿蘇海(あそのうみ)といい、今でも水質汚染に悩まされているのだそうです。水の流れは悪いですし、塩分濃度は外海の2/3程度だと言いますから、川からの流入の方が強いということですよね。
その名前が「阿蘇」(蘇とは乳製品、煮詰めたもの、の意)というのは、なんだか皮肉めいています。

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