建国記念日って誰が建国したの?

行事と暦

明日は「建国記念日」ですが、この日が何をもとに休日設定されているか正確にご存知でしょうか。
2月11日が国民の祝日と決められたのは1966(昭和41)年のことです。歴史を持つ祝日ではありません。明治政府が1872(明治5)年に「紀元節」を制定、第二次世界大戦後の占領から解放後に「建国記念日」という名として復活しました。

橿原神宮参道入り口

橿原神宮参道入り口

建国の日の元は紀元節

明治政府が、日本国の出発点を長い歴史のどこに求めたかといえば、初代天皇・神武天皇が即位した日だったということ。
明治政府は、神武天皇の業績をたたえようと、明治23(1890)年、畝傍橿原宮(うねびのかしはらのみや/神武天皇の居地)跡と考えられていた地に橿原神宮(かしはらじんぐう)を創建しました。明治44年から拡張事業が始まり、昭和15(1940)年には昭和天皇の行幸を伴った紀元(皇紀=神武天皇の即位の年を元年と定めた紀元)2600年奉祝式典も行われています。また、平成28(2016)年には、現・上皇陛下と上皇后陛下の参拝もあった神武天皇2600年式年祭(崩御から2600年)も執り行われるなど、神武天皇は日本国の祖として篤く祀られているのです。

神武天皇畝傍山東北御陵

神武天皇畝傍山東北御陵

橿原神宮の式典が盛大なわけ

このような歴史を持つ2月11日は、全国のほとんどの神社で建国記念日を祝います。日本の神社に祀られている神さまの大半が、日本の建国に携わっていることもあるでしょう。加えて、明治神宮や八幡宮といった歴代の天皇が祭神の神社では、よりいっそう大きな意味を持ちます。
伊勢神宮はもちろん、国譲りをした出雲大社でも祈念式は行われているのです。
神武天皇が即位した土地が現在の奈良の橿原(かしはら)とされていたことから、明治天皇は1890(明治23)年に橿原神宮を創建しました。
当然ですが、橿原神宮においては最大の催事となりますし、この日は全国各地から奉賛が集まり、4000人を超す参列者が祭典を執り行うこととなります。

鵜戸神宮

鵜戸神宮

全国に点在する神武天皇を祭る神社

それでは、神武天皇を祭神として祀るお宮をいくつかピックアップしてみましょう。
たどれば歴史の端緒が見える場所ばかりで、即位の地の橿原神宮(既出)、東征前の居留の地の宮﨑神宮、神武天皇の皇子・神八井耳命(カンヤイミミノミコト)が創建した奈良・多坐弥志理都比古(オオニマスミシリツヒコ)神社(多神社)、東征時に滞在したとされる広島・安芸の「多家神社」、岡山・「神島神社」といったお社は、たどると神武東征地図をなぞっているようにも見えます。
この他、九州の鵜戸神宮、鹿児島の霧島神社などは特に有名ですし、岡山の吉備高島宮と考えられている高嶋神社、熊野奥宮の地である奈良の玉置神社などにも神武天皇は鎮座しています。
少ないながらも関東では、埼玉県秩父の寳登山(ほどさん)神社、池袋の御嶽神社などに、ヤマトタケルの東征話とあわせてなのか奉じられています。

邪馬台国説もある吉野ヶ里遺跡

邪馬台国説もある吉野ヶ里遺跡

神武天皇は神話の人か

神武天皇については、崩御の年齢が127歳だったとされていることなどもあって、昨今の研究家の間ではその実在性を疑問視する説が主流となりつつあります。
中には10代天皇の崇神と神武天皇が同一人物であるという説もあって、真実は霧の中にありますが、神武天皇のお墓と治定されている陵はもちろん存在しますし、古くから神武天皇を祀る社が各地に存在します。
中でも熊本、広島、岡山といった県に比重が高いのです。これらは何を意味するのか、ここに邪馬台国や投馬国などの存在や移住などの可能性も指摘されているのです。今ある神社は、古い歴史とつながります。
そして神武天皇を祀る神社を語ることは、日本という国の成り立ちを語ることへとつながっていくのです。

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