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一宮

霊峰富士の信仰は古墳時代以前から

考えてみれば、日本は古来、自然災害からの被害という面においては、多大な損害を被ってきました。台風・地震・噴火・津波など、記録が残る始まりのころから、天災は日本各地を襲ってきていました。これらの被害を抑えてくれるよう、被害を免れたお礼として、理由はさまざまでしょうが天地の神々を祀った祠を作ってきました。水の神、風の神、土の神、病気の神…、最も多いのが山の神でしょうか。
巡拝

関東一、古来発展した秩父地方

秩父の歴史は確認できるだけでも約1万6000年前に遡れます。旧石器時代の石器が発掘されているほか、その後の縄文時代の石器・土器・遺跡など数多くの発掘がなされている土地です。「ちちぶ」の名は、初期の文献から残されていて古くは「知知夫」と表記され、大和政権の初期から国造(くにのみやつこ/大和政権から地方統治を任されていた首長のこと)がいて、このころから存在していたとされる神社が現在もいくつも残っています。
行事と暦

お彼岸に先祖供養するのは日本人だけ

「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、さすがに多少は秋めいてきましたね。まだまだ暑い日が続いてはいますが。 今年の寛永寺・不忍池弁天堂の巳成金はお彼岸の入りの日でした。早い時間は晴れていましたが、夕刻からスコールのような雨が都内をおそい、ニュースになるほどの荒天になりました。さすがに巳の日、しかも巳成金だーと感心したものです。
東京のパワスポ

関東随一のパワスポ・三峯神社は霊山に囲まれた古社

私の中で、関東で随一のパワースポットは秩父にある「三峯神社」です。秩父は律令時代から「武蔵国」の中でも繁栄していたようで、今も残る「秩父観音札所34カ所」の多くは戦国時代以前に建立されたお寺であり、秩父に多くの人たちの生活があったことを示しています。
世界遺産

きっと神々が棲まうに違いない奄美の島々

実は近頃、私は奄美諸島にずっと魅せられています。きっかけは平家の落武者の歴史を追ったことに始まるのですが、知れば知るほど奄美に棲まう人たちの人生観や自然に対する思いのようなものにすっかり感銘を受けてしまったのです。簡単に言えば、神々の棲む島と言っていいような気さえするのですが、この神に魅せられた有名人の一人が、田中一村という画家です。
世界遺産

世界遺産に見る縄文人の文化と祈り

合掌土偶(国宝)にはアスファルトで修復された跡があるといいますから、壊した部分を治して再び祭祀で使用していたのではとも考えられます。日本人の「お参り」という行為は、はるか縄文時代から続く習慣だったことがよくわかります。多くの時代で対象は神ではなかったかもしれませんが、少なくとも自然に存在していた「何か」であったのでしょう。
東京のパワスポ

お参りすると126年分のご利益のある「四万六千日」

コロナ禍の中でも、私が欠かさず出かけていたお祭りが浅草寺の「ほおずき市」です。この名だけですと、ただ、ほおずきを売ってる日と勘違いしそうですが、実は「四万六千日」という観音さまの功徳日に開かれた市が始まりになります。
一宮

日本の根幹を作った神を祀る伊太祁曽神社

世界中が目まぐるしく動き、時の流れが早すぎて何が起きているのか知ることすら覚束ない日々が続いているような気がします。5月も半ばすぎにとなった今頃、「卯年」がらみの話も時期外れな気もするのですが、なんとなく日本中で木が切られまくっている今、ご紹介しておいた方がよいかなぁ、と紀伊国一宮である「伊太祁曽神社」を思い出した次第です。
東京のパワスポ

祭りだ!祭りだ!! 祭りの季節がやってきた

このところ、ネットを開くと龍角散の「神田祭」の広告がやたらと開くようになって、「やっぱり私が神社仏閣のサイトばっかりみてるからかなぁ」と思っていたら、テレビでも同じ広告が流れていることでハタと気がつきました。もう5月、お祭りの季節がやってきたんだ!ということに。
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