癸卯から甲辰の年にバトンタッチ

雷門の提灯を下から見ると 行事と暦
雷門の提灯を下から見ると

鎌倉・建長寺法堂の天井画

2023(令和5)年も残すところあと2日となりました。
うっわー!ずいぶん更新してない!!! ほんとーにごめんなさい。

昨年末に書いたように「癸卯」は未曾有の発覚の年となりましたね。癸卯の年はいろいろなものが歴史的に「精算され生まれ変わる」年と言われていますが、2023年は、不正や隠蔽など政界や財界の隠し事が噴出した年となりました。歴史の統計というのはなかなか侮れないものですね。

江島神社の龍の宮

○前回の甲辰の年は1964年

さて、2024(令和6)年の「甲辰(きのえたつ)」とは、歴史的にどんな年なのでしょう。
甲辰の年は、これまでの積み重ねが実を結ぶ年とも言われています。芽吹の年、努力が認められる年、ようやく幸運が降りてくる年ともされてきました。
では、1回前の1964(昭和39)年はどんな年だったのでしょう。
日本はアジアで初めての夏季オリンピックを開催しました。新幹線が初めて東京ー大阪間を走り、日本人の海外旅行が自由化された年でもあります。
電卓が生まれたと同時に、IBMが汎用コンピュータを発表、列車などの予約にも利用されることとなりました。

日光東照宮・唐門脇の昇竜降竜

○歴史的に甲辰は変革の年

2回前の1904(明治37)年に日本は日露戦争へと進みます。3回前の1844(天保15)年、日本はオランダから開国を勧告され、フランスの軍艦が那覇にやってきます。ところが9年の間、幕府はなにもせず、ペリーの黒船が突然浦賀沖へと現れてあたふたと言いなり開港へと流されていくのです。
この1844年は、アメリカの独立戦争が終結した翌年でした。この年からなんらかの手を打っていればペリー来航は歴史上なかったのかもしれません。

重要文化財・盤竜鏡(8世紀/東京国立博物館所蔵)

○江戸時代のバブルが終焉した年

4回前の1784(天明4)年の日本は徳川家治の治世で、天明の大飢饉が始まった直後の浅間山の大噴火で、民衆の不満は頂点に達していました。そんな天明4年4月、老中・田沼意次の息子・意知が江戸城内で殺害されてしまい、意次は失脚、その翌年に将軍も代替わりしました。徳川家治の時代は長く、田沼意次による政治は上手くいっていたようですが、飢饉と意次に対抗する勢力により、政治はひっくり返りました。この先、日本は幕府滅亡への道へまっすぐに進んでいくことになりますが、長い歴史の中にあっては転換はよかったことだったのかもしれませんね。

京都・建仁寺の襖絵

○癸卯まで悪いことはキッチリ精算を

このように、甲辰とは「努力したものには幸運を」という意味で、前年の癸卯までに何もせずに(むしろ問題解決から逃げ回ったり、より深く潜ってしまったり)過ごした者たちには、一層悪い結果をもたらす年回りといえそうです。
その点、先だってのトヨタの会長のコメントは見事の一言です。非難する向きもありますが、歴史的な統計から言えば「悪いことはすべて表に出し精算する」年である癸卯においては、言わなければいけないことだったように思います。

○来年はリセットの年

一方で、逃げまくる政治家、ちゃんと調べようとしないマスコミ、何かを隠そうと動いている検察、きっと来年以降、不幸が降ってくることでしょう。
「龍」というのは、幸運を呼び込む象徴ではありますが、一方で西洋では「竜・ヘビ」は悪運・疫病の象徴でもあります。つまり、吉凶併せ持つ伝説の生き物、どこかの国の党はこれを象徴としていますが、はてさてこれが吉と出ますか、凶とでますか、それはまさに今年までの生き方にかかっているといえるのでしょう。

広尾稲荷神社の天井画

次回は、辰年に参るとよい神社仏閣をご紹介します。
できれば、年明け前に…(できますように)

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