「東京のパワースポットを歩く」を長く続けてきましたがこれからは東京に限らず、日本全国これはと鈴子が思うスポットを歴史や暦をからめて訪ね歩く旅を綴っていきます。
前身のブログからも少しずつ原稿を持ってこようと思っていますのでお楽しみに!

旧サイトはこちら
スポンサーリンク
東京のパワスポ

浅草寺で「龍」をさがそう!

干支など古来伝わる風習は、旧暦に合わせたものですから、厳密にいえば2月10日からが甲辰(きのえたつ)になるわけで、そんな日にはやはり今年の干支・龍にちなんだ話が良いかなぁと思い、東京は浅草寺(山名が金龍山)の境内にある「龍」をご紹介していこうかと思います。 友人たちと浅草寺を訪れた際、指差しながら龍の存在を紹介すると、みな決まって「教えてくれなきゃ気が付かない!」と言ってくれるので、気を良くして文章にもしておこうかと思った次第です。
行事と暦

日本にしか残らない「節分」の祭り

明日は節分です。簡単に説明すると、節分というのは本来、1年には4回あって四季の変わり目(立春・立夏・立秋・立冬)を指す言葉でした。いつしか、それが立春の前日だけを指すようになったのです(たぶんこれは豆まきと関係してますかね)。これから30年くらいは2月3日の日が多いですが、毎年決まった日になるわけではありません。これは太陽の動きと関係している「二十四節気」という暦のようなものに基づいているからです。
時事ニュース

曹洞宗を考えてみる─能登地震に寄せて

その中で、曹洞宗の祖院が崩れ落ちたとのニュースがありました。たしか、数年前にも同様の被害(現在よりも多少はマシだったようですが)があったように思います。 曹洞宗の祖院がどのようなものなのか、今回はちょっとまとめてみようかと思います。
東京のパワスポ

辰年に参ると良い神社仏閣

新暦の上では、明日から新年となります。ですが旧暦上では明日はまだ11月20日であり、旧暦の12月1日は今の暦では1月11日です。 基本的に農耕・漁猟民族の暦は、月が主体でした。朔(ついたち/新月)から始まり、望(ぼう/満月)に収穫などを行うというサイクルが自然の中で生まれました。これは日本のような土地に根付いた民族だけの風習ではなく、海洋民族も月の満ち欠けで季節や海流、移動すべき時期などを知ったといいます。
行事と暦

癸卯から甲辰の年にバトンタッチ

2023(令和5)年も残すところあと2日となりました。昨年末に書いたように「癸卯」は未曾有の発覚の年となりましたね。癸卯の年はいろいろなものが歴史的に「精算され生まれ変わる」年と言われていますが、2023年は、不正や隠蔽など政界や財界の隠し事が噴出した年となりました。歴史の統計というのはなかなか侮れないものですね。
国宝仏

日本が最も混沌としていた時代の話

実は、先日ヤマトタケル伝説を追っての道筋で、栃木県の那須方面へ行ってきました。江戸時代、日光のある現在の栃木県のほとんどは幕府領か旗本あるいは小藩が治めていたですが、日光から少し東側へ逸れた一帯は、水戸藩の所領でした。ヤマトタケルに加えて水戸光圀の逸話も各地に残っています。
一宮

霊峰富士の信仰は古墳時代以前から

考えてみれば、日本は古来、自然災害からの被害という面においては、多大な損害を被ってきました。台風・地震・噴火・津波など、記録が残る始まりのころから、天災は日本各地を襲ってきていました。これらの被害を抑えてくれるよう、被害を免れたお礼として、理由はさまざまでしょうが天地の神々を祀った祠を作ってきました。水の神、風の神、土の神、病気の神…、最も多いのが山の神でしょうか。
巡拝

関東一、古来発展した秩父地方

秩父の歴史は確認できるだけでも約1万6000年前に遡れます。旧石器時代の石器が発掘されているほか、その後の縄文時代の石器・土器・遺跡など数多くの発掘がなされている土地です。「ちちぶ」の名は、初期の文献から残されていて古くは「知知夫」と表記され、大和政権の初期から国造(くにのみやつこ/大和政権から地方統治を任されていた首長のこと)がいて、このころから存在していたとされる神社が現在もいくつも残っています。
行事と暦

お彼岸に先祖供養するのは日本人だけ

「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、さすがに多少は秋めいてきましたね。まだまだ暑い日が続いてはいますが。 今年の寛永寺・不忍池弁天堂の巳成金はお彼岸の入りの日でした。早い時間は晴れていましたが、夕刻からスコールのような雨が都内をおそい、ニュースになるほどの荒天になりました。さすがに巳の日、しかも巳成金だーと感心したものです。
スポンサーリンク